ログイン「いい加減降参したらどうだ?」
帝の憎たらしい声が聞こえる。このまま流されて、この男のコマになって、また、今世を生きるの?
冗談じゃないわ!!
抵抗をしなくなった私を、帝が見据える。
「許しを請う気になったか、結月」
「誰が」
キッと彼を睨みつけた。「私の体が欲しかったら、好きなだけ抱けばいいですわ。でも、それは賭けに負けたから。約束は約束です。それを反故するようなことはしません」
「それで?」
「私の心は私のものです。誰にも屈しませんわ。お好きにどうぞ」
言い放った私の言葉に、帝の動きが完全に止まった。 重苦しい静寂が部屋を支配する。怒らせただろうか――そう思った次の瞬間、帝の端正な口元が、ゾクその日の夜、ホテルへ戻った。 いや。ホテルはもう長く泊まれない。 個人口座、残金38万円。「…………なんでだぁ」 3千万あったのに。 3千万だぞ。 俺、確かに持ってた。 それが――「38万……」 笑えてきた。「はは……」 チャンエル登録者、29万8000人。もうすぐ30万人突破する。 でも、個人口座は38万円。 有名人なのに貧乏。 そんな奴いる?「終わった……」 ベッドへ倒れた。 もう無理。 さすがの俺も無理。もう立ち直れない。 刑務所で30億の借金こさえ、それでもなんとか出所。 宝くじで3千万当たるラッキーさ。底辺から這い上がる俺すげえ。 でも、成美に騙された。 会社、財産、俺の肖像権も奪われて、全部なくなった。「もう……」 俺は天井を見つめた。「人生……終わりかな……」 スマホを見る。 SNSからの通知が大量にはいっていた。『陽太どうした?』『配信ないの?』『成美さん最近見ないね』『一条伝説待ってる』『生きてる?』
俺の心の絶叫だけがこだまする。『YOHTA』のネオンに照らされた俺。誰もいないスタジオでひとりぼっち。「成美このクソおんなぁぁああああああ――――!!!!」「また騙しやがったなぁ――――!!!!」「俺の金返せえぇぇ――――っ」 鼻水ずびずびと涙ぼたぼた。かわいそうな俺。 どんなに泣いても叫んでも、成美はもう帰ってこない。 企業からのメールも止まらない。 なんでこんなことに……。 翌日、俺は敏腕弁護士と噂されている男のところへ駆け込んだ。もちろん無料相談枠で!「助けてください!!」「まず状況を整理しましょう」 弁護士が眼鏡を直す。「YOHTA MEDIAの代表取締役は?」「志田成美です」「一条さんは?」「実質代表です」「…………」 眼鏡弁護士が黙る。「なんですか?」「登記上は?」「志田成美」「では、一条さんは代表ではありませんね」「でも実質――」「代表ではありません」 言い切られた!!「じゃあ俺、何なんですか?」「契約書を確認します」 俺が持っていた書類やメールにPDF、その他いろいろ。 弁護士が1枚ずつ確認していく。 おい。ゆっくりするな。無料時間がなくなるだろ。「こちらに、直筆で署名捺印されていますね」「はい」
その日の夕方、3社目。『ライセンス契約について確認したく』「また?」『志田様と連絡が取れません』 4社目。『YOHTA MEDIA様のご担当者様が不在で』 5社目。『振込先の確認が取れず』 さすがの俺も、ちょっと不安になった。「成美……?」 電話、出ない。 メッセージ既読なし。 SNS。 あれ? 成美のアカウントが見つからない。「ん?」 検索するが、ない。「ブロック?」 いやまさか。 成美は俺のビジネスパートナーで、右腕なのに? ブロックとかないだろ。てか、なんで黙ってSNSまで消えちゃうわけ? 俺は急いでスタジオへ向かった。ドアを開ける。「成美!」 中は静かだった。「おい!」 誰もいない。 スタッフもいない。「なんで?」 机、めっちゃキレイに片付いてる。 パソコンもない。 書類棚は空。 成美が使っていたデスクも綺麗。異様なくらい。 壁には。『YOHTA』 のネオンだけが明るく光っていた。「いやいやいやいや」 待て。 これは移転? 俺になにも知らせず移転? たぶん会社がデカくなったから移転した。 俺に言い忘れただけ。「成美、抜けてるとこあるからな~」 そんなこと、一度もなかったけど。 俺はスタッフに電話した。『もしもし』「おい、今日休み?」『一条さん?』「スタジオ誰もいないんだけど」『…&he
それから、YOHTA MEDIAはさらにデカくなった。 海外向けのライセンス契約。 俺の名前。 俺の顔。 俺の配信映像。 俺の決め台詞。『勝負所ではアクセルを踏め!』 これまで商品になるらしい。「マジで?」「マジ」 成美が契約書を見せてくる。「海外でTシャツ、マグカップ、雑貨、それから動画広告にも使いたいって」「俺、世界行くじゃん!」「そうだね」「契約金は?」「最初に3000万で、ロイヤリティは別」「そんなに……」「年間最低保証が5000万」 俺は立ち上がった。「億じゃん!!」「まだ億じゃないけど」「ほぼ億だろ!!」「陽太君、そういう計算だけ早いよね」「成功者だからな!」 俺は完全に舞い上がった。 海外。ライセンス。年間保証。 もう俺、世界的スターじゃね? わっはっは。結月、お前を迎えに行く準備、着々と整ってるぜぇ~!! 数週間後には、雑誌の取材まで来た。『元受刑者から登録者28万人へ』『転落から復活した男、一条陽太』『YOHTA MEDIA急成長の秘密』「見ろ!」 俺は発売日に雑誌を30冊買った。「なんで30冊も買うの?」「保存用」「1冊でいいでしょ」「配る用」「誰に?」「結月」「30冊全部?」「1冊でいい」「じゃあ残り29冊なに?」「予備」「多すぎる」 俺は雑誌の自分を見た。 ス
そこから俺は、本当に寝る間を惜しんで働いた。 配信。 収録。 案件動画。 イベント。 打ち合わせ。 朝から晩まで。「陽太君、今日11時から美容案件」「おう!」「14時から投資アプリ」「おう!」「17時から雑誌取材」「おう!」「夜は配信」「任せろ!」 忙しい。めちゃくちゃ忙しい。だが——「最高だな……!」 これだ。 成功者の生活。刑務所で便所掃除してた頃とは天と地。 便器掃除に甘んじていた俺じゃねえ。 今、仕事を選ぶ側。必要とされる側。金を生む側だ。 そんな生活を続け、翌月。成美がパソコンを開いた。「陽太君」「ん?」「今月の売上、出たよ」「いくら?」「860万」「…………」「860万!?」「うん」「うおおおおおおお!!」 俺は椅子から立ち上がった。「月860万!!」「だから会社の売上」「実質俺の月収860万!」「違う」「年収1億じゃん!」「違うって」「860×12……」 頭の中で計算。「1億320万!!」「だから陽太君のお給料は月10万」 一瞬で現実に戻された。「10万?」「うん」「売上860万で?」「うん」「俺、こんだけ働いて?」「うん」「10万?」「今はまだ会社を立ち上げたばかりだし、ここに売り上げとして入ってくるし、次の収益化に向けて経
「なんで?」「陽太君は表に出る人だから」「社長も表出るだろ」「それもあるけど」 成美が少し言いづらそうにする。「陽太君、前科あるでしょ?」「…………」「企業案件って、審査あるの」「俺人気者だけど?」「人気と信用審査は別なの」「…………」 なんだそれ。「それに、過去の一条グループの問題もあるし」「…………」「陽太君が代表だと、契約止める企業も出ると思う」「そんな見る目ない会社、こっちから願い下げだ!」「それだと仕事なくなるよ」「…………」 それは困る。「じゃあどうする?」「私が代表になる」「成美が?」「うん」「でも会社は俺の会社だろ?」「もちろん」「俺がスター?」「もちろん」「一番偉い?」「…………」 成美がちょっと考えた。「実質ね」「ならいい!」 即決。「陽太君はクリエイター兼プロデューサー」「おお」「私は代表として契約、経理、スタッフ管理」「おお!」「企業との交渉」「おおお!」「全部やる」「最高じゃん!」 俺は喋るだけでいいのか。楽すぎる!「そうか。成功者は、自分にしかできない仕事に集中すべきなんだよな」「そうそう~」「俺は表で世界を取る」「うん」「成美は裏」「そうね」「完璧!」 俺たち最高のコンビだぜ★「で、陽太君」「ん?」「これから企業案件とか広告収入とか、全部YOHTA MED
「な、んでだよ……っ!!」 俺は、武藤会長を連れて女王様みたいに華やかに去っていく白峰結月の後ろ姿を、ただ口を開けて見つめることしかできなかった。 驚きとパニックに、名刺入れを握る指先がみっともなくガタガタと震える。 周囲の連中が「何だあいつ?」と俺をクスクス笑っている気配がして、顔がカッと熱くなった。 おかしい。こんなの絶対におかしい!
その困ったような笑顔。前世で私の心をいとも簡単に溶かしたあの顔。 不思議だった。あれほど焦がれた表情を前にしているのに、私の心は凍った湖のように静かだった。 手を伸ばして彼に武藤を紹介し、二言三言の助言を与えれば、彼はすぐに息を吹き返す。そしてまた、あの幸福で——その実、破滅へと続く十年が始まるのだ。 私はゆっくりと微笑んだ。 前世の私なら、ここで罪悪感に押し潰されていただろう。困っている人を見捨てる冷たい女だと、自分を責めたはずだ。けれど私を無情に切り捨てた男のために、これ以上、自分の優しさを安売りするのは——終わりにする。「ごめんなさい。人違いだと思いますわ」「えっ……
シャンデリアの光の下で、若き日の一条陽太は、滑稽なほど浮いていた。 仕立ての悪いスーツ。借り物のような笑顔。名刺入れを握りしめる指先は、誰の目にも分かるほど強張っている。この華やかな会場にいる誰もが、彼を「場違いな田舎者」として、視界の端で処理していた。 二十二歳の陽太。まだ、何者でもない。これから十年をかけて私を喰い尽くす牙も、初恋の女に狂って身を滅ぼす弱さも、その内側にすべて眠らせたまま、彼はただ、必死だった。 前世の私は、その姿に、どうしようもなく惹かれたのだ。磨けば光る原石だと、本気で信じた。そして、光らせてやれるのは自分だけだと——思い上がっていた。 今なら分かる。私が惹
※「——結月さん? 白峰結月さん、聞いていらっしゃいます?」 名前を呼ばれて私は目を開けた。 まず飛び込んできたのは、まばゆいシャンデリアの光だった。磨き上げられた大理石の床。氷とグラスの触れ合う澄んだ音。着飾った人々が交わす華やかなざわめき。香水と、生花と、上等なワインの匂い。 冷たい安アパートの天井ではなかった。胸を焼く痛みもない。 視界を落とすと、手が映った。それは——細く、白く、傷ひとつない若い指が、シャンパングラスを握っていた。 鏡張りの壁に映った自分の姿に私は息を呑んだ。そこに立っていたのは、二十二歳の私だった。 すべてを奪われ、たった一人で死んでいったはず







